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東京地方裁判所 平成4年(ワ)9285号 判決

原告

小川敏夫

右訴訟代理人弁護士

保坂志郎

被告

株式会社報知新聞社

右代表者代表取締役

内田惠造

右訴訟代理人弁護士

秋山昭八

三枝久

主文

一  被告は、原告に対し、被告発行の日刊紙報知新聞に別紙一記載の謝罪広告を一回掲載せよ。

二  被告は、原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成四年六月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一被告は、原告に対し、被告発行の日刊紙報知新聞に別紙二記載の謝罪広告を一回掲載せよ。

二被告は、原告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成四年六月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の発行する新聞に掲載した記事が、原告のプライバシーを侵害するとともに名誉を毀損するものであるとして、原告が被告に対し、不法行為による損害賠償として慰謝料一〇〇〇万円とこれに対する訴状送達の日の翌日からの遅延損害金、及び名誉回復処分としての謝罪広告を求める事案である。

一争いのない事実

1  当事者

(一) 原告は、東京弁護士会に所属する弁護士である。

(二) 被告は、スポーツや芸能情報を中心とする記事を掲載する日刊紙報知新聞を発行する会社である。

報知新聞は国内の主要都市において販売されており、最近の発行部数は一日当たりおよそ一〇〇万部である。

2  本件記事

被告は、平成二年一二月二二日発行の報知新聞二一面に、紙面の右上部の位置に紙面の約四分の一を使用して、原告と原告の妻市毛良枝こと小川良枝(以下「良枝」という)の夫婦関係について、次のような内容を含む記事を掲載した。

(一) 「市毛良枝来春離婚」との見出し(縦三五ミリメートル、横四〇ミリメートル角の太字タイプ活字)

(二) 「許せない母への暴力」との中見出し(縦、横八ミリメートル角の太字タイプ活字)

(三) 「市毛にきく」と題する囲み記事中の「お母さんも、暴力を振るわれたそうだが。」との記載(縦2.2ミリメートル、横三ミリメートル角の活字)

(四) 記事本文中の「すでに別居同然になっていたふたりの間で、市毛の母親を巻き込んだトラブルが発生。この時、市毛、母親とも全治1、2週間のケガを負ったといわれる。」との記載(縦2.2ミリメートル、横三ミリメートル角の活字)

二争点

1  プライバシー侵害の有無

(原告の主張)

本件記事は、原告の夫婦関係に関するものであり、それ自体公表されることがあってはならない個人のプライバシーに属する事項であるから、本件記事を掲載したことは、原告のプライバシーを侵害する違法性を有する。

妻良枝は女優であるが、私生活を公表するような活動を行ってきたことはないし、原告は、芸能活動をしたこともない一般人であって、私生活を公表したことはない。

(被告の主張)

俳優、その配偶者等は、一般私人とは異なり、それが著しく社会的評価を低下させる名誉毀損とならない限り、ある程度私生活が公開されることのあり得べきことを承知しているところであり、その意味においてプライバシーの範囲も相当程度狭められる。原告自身、結婚式等について記者会見したり、テレビのワイドショーに出演して「妻良枝が結婚生活で妻らしい行動をとらなかった」等と発言するなど、私生活を公開している。

本件記事は、原告夫婦の離婚の可能性を報じたものに過ぎず、社会的に非難され得るような事実を報道したものではないから、右見地から許容される範囲を超えないものであって、違法なプライバシーの侵害とならない。

2  名誉毀損の有無・程度

(原告の主張)

本件記事は、原告が妻の母親に暴力を振るい、これが原因で離婚が決定しもしくは決定的になったという内容であって、原告の人格的評価を低下させる事項を内容とするものであるうえ、いずれも事実に反するから、その違法性は明白かつ重大である。

(被告の主張)

本件記事は、社会的に非難を受けるほどの暴力行為を原告が振るったとする印象を読者に与えるものではなく、単に、別居同然の状態にある夫婦間において、妻の母親を含めたトラブルがあったことを報じたに過ぎないものであるから、これにより原告の社会的評価を低下させたことはない。また、本件記事はいずれも真実であるか、少なくとも真実と信ずべき相当の理由があった。

3  損害

(原告の主張)

(一) 本件記事掲載当時、原告夫婦は正常な夫婦関係を保つことが困難な状況にあったが、夫婦間では、結婚したことに対する自覚、離婚による双方の社会的評価の低下、家族、知人等の周囲に心配を生じさせる等の事情を考え、正常な夫婦関係の構築の努力が続けられていた。ところが、本件記事により離婚が決定したかのように報道された結果、社会的評価として離婚したのと同視され、右努力が無となり、原告の夫婦関係の破綻が固定してしまった。

(二) 妻の母に暴力を振るうという行為は、弁護士である原告にとって、その職務と相容れないものであり、こうした内容の記事が広く報道され真実と信じられることにより、原告は一私人としての精神的苦痛を受けるにとどまらず、弁護士としての社会的信用も毀損された。

(三) 右原告に生じた損害を回復するために、本件記事と同程度の字体と紙面を用いた別紙二記載の記事訂正と謝罪の広告が必要であり、これと合わせ精神的苦痛に対する慰謝料として少なくとも金一〇〇〇万円が支払われるべきである。

第三争点に対する判断

一本件記事の内容

本件記事は、前記争いのない事実のとおりの内容を含むものであるが、〈書証番号略〉によって若干補足すると、「市毛良枝来春離婚」との大見出しを掲げ、「結婚2年目またもスピード破局」「新婚1か月でキシミ」「許せない母への暴力」等の中見出しを付したうえ、「“お嫁さん女優”市毛良枝さん(40)=本名・小川良枝=が、来春にも離婚することが21日、明らかになった。市毛さんは弁護士の小川敏夫さん(42)と昭和63年9月に結婚したが、昨年末には早くも周辺から不仲説が流れるほどになっていた。市毛さん側はこの夏から正式に弁護士を立て、小川さんと離婚を前提にすでに何度か話し合いを進めている。市毛さんは21日夕、バカンス主体で仕事も兼ねて成田空港から海外に脱出。同伴者は小川さんではなく、母親だけ。離婚話については市毛さんは涙を見せながら『話せる時まで待ってください』と語った。」との導入記事に続いて、成田空港に現れた良枝の様子や結婚式以来の経過等を述べ、「破局が決定的になったのは10月末。すでに別居同然になっていたふたりの間で、市毛の母親を巻き込んだトラブルが発生。この時、市毛、母親とも全治1、2週間のケガを負ったといわれる。市毛は『母親までこんな目にあうなんて』と、決意を固めたという。」と記載し、さらに「市毛にきく」という囲み記事では、「離婚話が進んでいるようだが―ゴメンなさい。申し上げる状態ではないんです」「お母さんも、暴力を振るわれたそうだが―そのことも、私の口から申し上げるわけにはいかないんです」「年明けには発表できる?―今後(話し合いが)どうなっていくか分からないんで、ウカツになんとも言えないんです」等という成田空港における記者と良枝とのやりとりを紹介したものである。

二プライバシー侵害の有無

1  離婚やそれにまつわる夫婦間の私生活上のトラブルが、一般に、いわゆるプライバシーの最たるものであることは、論ずるまでもないことであろう。

本件記事は、原告夫婦間に離婚の話し合いが進行し近く離婚すること、すでに別居同然になっていた原告夫婦の破局が決定的になったのは、良枝の母市毛利枝を巻き込んだ傷害絡みのトラブルがあったことによることを報じたものであるら、本件記事が一般に公開を欲しないプライバシーに属する事項を広く公表したものであることは明らかである。

被告は、本件記事は原告夫婦の離婚の可能性を報じたものに過ぎない旨主張するが、本件記事がその見出し・本文を通じ、離婚を既定のことのように報道していることは否定し難いばかりでなく、いずれにせよ、プライバシーに属する事項であることに変わりはない。

2 被告は、俳優、その配偶者等については、一般私人とは異なり、ある程度私生活が公開される可能性を承知しているから、プライバシーの範囲も相当程度狭められると考えるべきであり、原告自身、記者会見やテレビへの出演で私生活を公開している旨主張する。

たしかに、芸能人の場合、人気稼業ということから、一定の限度で私生活が公表されることをやむを得ないものとして容認しているケースは多いであろうし、積極的にその公表に応じるケースが少なくないことも、公知の事実といってよいかもしれない。しかし、芸能人であるからといって、一律・無限定に、プライバシーの放棄があったものとしてその私生活を報道等の対象とすることが許されないのはいうまでもない。ことに芸能人の私生活について公表することが、芸能人本人以外の家族や第三者のプライバシーをも公表する結果となるときは、家族等が公表を容認しているかどうか、家族等のプライバシーを不当に侵害することはないかどうかを慎重に判断して、報道等にあたるべきことは当然である。家族等が自らのプライバシーについて公表を容認していないのに、芸能人本人が容認しているからとして、家族等のプライバシーに属する部分を含めて公表したときは、芸能人本人に対しては適法行為とされても、家族等に対する関係では、違法なプライバシーの侵害として不法行為を構成することがあるといわなければならない。

そして、プライバシーの公開に対する法的保護は、その事実が社会的な評価を低下させるようなものであるかどうかにかかわらず及ぶのであって、このことは芸能人についても基本的には変わらないというべきである。

3  本件の場合、良枝は、前記のとおり、成田空港における記者との会話で、離婚問題等についての具体的なコメントを拒否しているが、本件記事についてどう考えているかは証拠上必ずしも明らかでない。少なくとも、良枝が被告に対し本件記事について抗議等をしたという主張立証はないけれども、仮に良枝が本件記事を事実上容認しているとしても、直ちに、原告についてもプライバシーの放棄があったものとすることはできない。プライバシー侵害行為の違法性を判断する際、芸能人の配偶者を、単に芸能人の配偶者であるという理由だけで、芸能人本人と同一視しあるいはこれに準ずるものと考えるべきではない。

ところで、本件記事自体について、原告に対する取材が行われなかったことは、記事の執筆者である証人羽賀求も認めるところであるから、本件記事の取材の過程で、記事の掲載につき原告が明示また黙示の承諾を与えると解する余地はなく、被告もそうした主張はしない。被告は、原告が記者会見やテレビへの出演で良枝との結婚生活を公開している旨主張するのであるが、〈書証番号略〉及び原告本人尋問の結果によれば、原告は良枝との結婚式に際し共同記者会見を行ったことはあるが(結婚についてマスコミに公表したからといって、夫婦の破局についても公表を承諾しているとはいえない)、本件記事が出るまで、それ以外に結婚生活の状況等について自ら積極的にマスコミ等に公表したことはないことが認められる。〈書証番号略〉の週刊誌記事には、原告夫婦の私生活に触れた原告のコメントが含まれているが、これらは原告の積極的な公表行為の結果であるとは認められないし、〈書証番号略〉にも離婚問題についての原告のコメントが掲載されているが、これらはいずれも本件記事後のものであって、本件記事の内容に対し原告が反論を加えたものであるから、原告が本件記事掲載を容認した根拠とすることができるものではない。

4  以上のとおり、被告の前記主張は採用できないから、本件記事により、被告は原告のプライバシーを違法に侵害したものというべきである。

三名誉毀損の有無・程度

1  本件記事は、前記のとおり、原告が妻の母親に暴力を振るって傷害を負わせ、これが原因で離婚が決定的になったと明らかに読み取れる内容のものであるから(良枝の受傷が原告の暴力によるものかどうかについては、記述が多少あいまいであるが、一般の読者が、原告が良枝及び母親の両者に暴力を振るって傷害を負わせたと読む可能性は高いものと思われる)、たとえそれが家庭内のトラブルであり、傷害事件として重大なものとの印象を与えない記事であるとしても、原告の社会的評価を低下させ、その名誉を毀損するものである(被告は、当初、本件記事は、社会的に非難を受けるほどの暴力行為を原告が振るったとする印象を読者に与えるものではなく、これにより原告の社会的評価を低下させたことはない旨主張したが、後には、「許せない母への暴力」と題したことは、母親への暴力が事実である以上、社会通念に照らし許し難いとの評価を加えたものであるとも主張している)。

2  ところで、被告は、本件記事は真実であるか、少なくとも真実であると信ずべき相当の理由があったと主張しつつ、本件記事が公共の利害に関する事実に係ること、専ら公益を図る目的に出たものであることは主張していないので、右真実性の点を違法性阻却事由として主張しているものとは解されないが(プライバシーの侵害については、その性質上、事実の真否が問題にならないことはいうまでもない)、右の点は少なくとも違法性の程度、ひいては損害の程度に影響する点ではあるから、判断を加えておく。

(一) 証人市毛利枝は、問題の平成二年一〇月二九日の出来事について、次のように証言している。

良枝と利枝はそれぞれ同じ建物の二階と三階に居住しているところ、同日夜、原告が良枝方に入り込んでいたため、良枝は三階の利枝方に逃げ込み、それを追って原告も利枝方に入ってきた。利枝らが退去を要求しても原告が応じないため、良枝が一一〇番を掛け、やがて警察官がやって来て、良枝は警察官とともに家を出て行こうとしたが、原告は良枝を食堂へ引きずって行き、同所で良枝の上に馬乗りになって、良枝の両腕を持って何回も床へぶつけるようにした。これを止めようとして、利枝は原告のネクタイにぶら下がるなどしたが、原告に振り払われて物入れの扉に身体をぶつけ、肩を痛めた。手も捩じられた。良枝が原告から逃れて、出て行くときも、原告が追いかけてきて良枝の身体を抱えるので、警察官が原告の指を一本一本離すようにして、良枝を引き離し外へ連れ出した。原告はなおも良枝の後を追ったが、下駄箱に引っ掛かって下駄箱もろとも倒れ、原告の手を掴まれていた利枝も一緒に倒れて、下駄箱で胸を打った。

利枝は、翌日石橋整形外科医院へ行って、右手関節挫傷で一週間の加療を要する旨の診断書(〈書証番号略〉)を貰い、家へ帰ったら別の部位にも発赤が出ていたので、翌々日(一一月一日)再び右医院で診断を受け、両手関節、左肩関節、左前胸部挫傷により一週間の加療を要する旨の診断書(〈書証番号略〉)を貰った。

(二) これに対し、原告作成の陳述書(〈書証番号略〉)及び上申書(〈書証番号略〉)によれば、原告の主張する事実関係は次のとおりである。

同夜、原告は良枝方に赴いて、同人に対し、離婚問題の交渉に第三者に入って貰う方法を提案したが、良枝は話し合いを拒否し、警察に電話をした。やって来た警察官に原告が夫婦間の問題であると説明すると、警察官は帰ろうとしたが、良枝が警察に行くと言って警察官とともに出て行こうとしたので、原告は「馬鹿なことをするんじゃない」と言いつつ良枝の手首を掴んで引き止めた。しかし、良枝は腕を振り回したりして原告の手を振りほどき、出て行った。その間に、利枝が、良枝の後を追おうとする原告を止めようとして、原告のネクタイを掴んでぶらさがり、尻餅をついたことはあるが、利枝に対し、突き飛ばすなどの暴行を加えたことは一切ない。また、良枝に馬乗りになってその腕を床へぶつけるようなこともしていない。

(三) 右一〇月二九日の出来事については、これを目撃した第三者の供述等の証拠がなく、右利枝の証言と原告の供述の信用性を判断して認定するほかないが、まず利枝の証言について検討すると、右証言には医師の診断書という裏付け証拠はあるものの、いくつかの疑問がある。

すなわち、〈書証番号略〉、利枝の証言によれば、事件直後の同月三一日の北沢弁護士(離婚問題での良枝の代理人)と原告間の電話では、良枝の怪我に関しては原告が同女の手を引っ張り、同女がそれを振り払おうとしたことが原因かもしれないことを原告が認めているが、良枝に馬乗りになってその腕を床へぶつけるような暴行があったことを北沢弁護士が主張した形跡はなく、また、利枝に対する暴行についても、同弁護士が利枝から聞いた話として主張した事実は、原告がもっていた良枝のハンドバックを利枝が掴んだ際、原告が下駄箱か何かにつまづいたため利枝も倒れて手を打ったということだけであって(同弁護士は、右行為には少なくとも過失がある旨主張している)、ネクタイを掴んでいた利枝を突き飛ばしたなどという事実は主張されておらず、良枝に馬乗りになったとか、利枝を突き飛ばしたという暴行が北沢弁護士により主張されたのは、平成三年一月になってからであることが認められる。しかし、もし右のような明白で印象的な暴行があったとしたら、良枝らはこれを北沢弁護士に話し、同弁護士も原告に対し真先に指摘しそうなものであって、過失傷害にはなるなどという主張を同弁護士がするはずがないように思われる。また、良枝の上に馬乗りになっている原告の暴行を制止するため利枝が原告のネクタイにぶら下がるというのは、いささか不自然な態勢であるように思われる。さらに、利枝らは平成三年一月の段階では、右のような三階室内における暴行が警察官の面前で行われたと北沢弁護士に説明していたようであり(〈書証番号略〉)、法廷での証言でも、利枝は、当初右暴行の一部が警察官の目にも触れたように証言していたのに、警察官が暴行を制止しないのは不自然ではないかと追及されると、その暴行は警察官の面前ではなかったとして追及をかわそうとするなど、利枝の証言には、首尾一貫せず、場当たり的な説明をしているのではないかとの印象を受ける部分がある(なお、〈書証番号略〉によれば、警察官は利枝に対する暴行を目撃していないようである)。

利枝の受傷の内容にしても、事件翌日一〇月三〇日の診断書にある右手関節挫傷は、〈書証番号略〉によれば「つねったような、絞ったような、ぎゅーとやったような広範囲な」ものであるというが、これが原告のいかなる暴行に起因するものであったかは利枝の証言上全く不明であり、また、二回目の一一月一日の診断書の両手関節、左肩関節、左前胸部挫傷は、利枝の証言によれば、最初の診察のときから痛みはあって医師に訴えたが、色が出ていなかったので判らなかったところ、最初の診察後に色が出てきたから再び診察を受けたというのであるが、〈書証番号略〉によれば、石橋医師は電話の応答で原告に対し、利枝が二、三日後に訴えた肩や胸の痛みは、外部的所見がはっきりしていなかった旨回答していることが認められる。そうしてみると、〈書証番号略〉の診断書も、原告の利枝に対する暴行の証拠としては証明力に限界があるものといわなければならない。

(四) 前掲の各証拠を総合すれば、平成二年一〇月二九日の夜、利枝方において、原告と良枝の間で利枝を巻き込んだトラブルがあり、良枝に対しては、同女が警察に行こうとした際、原告がその手首を掴むなどして制止し、同女がこれを振り払うなどの行為があったこと、原告と利枝との間においても、原告が家具に躓いて転倒したために、原告に掴まっていた利枝が一緒に転倒するという事実があったことは、最少限度間違いのないところであると認められる。しかし、前述のように、利枝の証言にはいくつかの疑問点があり、原告の供述と対比するとき、そのまま信用することはできないため、原告が利枝に対し同証言のような暴力を振るい、それによって傷害を負わせたと認めるに足りる証拠はないことになる。

したがって、良枝の受傷の点はともかくとして、少なくとも、原告が妻の母親に暴力を振るって傷害を負わせたとの本件記事部分は、真実と認められないというべきである。

(五) また、〈書証番号略〉によれば、北沢弁護士は、右事件の後である平成二年一二月三日付けの原告宛の連絡文書において、良枝側の考えとして、協議離婚をするについて、「当方(良枝側)はこの婚姻の破綻につき責任があることを認め、貴殿に誠意をもって謝罪する」と記載していることが認められるが、これからすると、一〇月二九日の原告の利枝らに対する暴行傷害が破局を決定的にしたとする(つまり、破綻の決定的原因の責任は原告にあると受け取れる)本件記事は、離婚問題当事者の認識とも異なる事実を記載したものといわざるを得ず、右記事部分が真実であると認めるに足りる証拠はない。

(六) 本件記事のうち一〇月二九日の原告の利枝らに対する暴行傷害事件及びこの事件が破局を決定的にしたとの部分が、いかなる取材に基づくものかについては、成田空港における良枝に対する取材、利枝に対する取材、パトカー出動の確認の他は、羽賀求の証言によっても、関係者に対する取材というだけで、具体的には明らかでない。そして、成田空港での取材に対し、良枝は、前記のようにコメントを拒否しており、利枝の記者に対する応答も、「(良枝夫婦の離婚問題等について)今は言えないが、怪我はもう大分よくなった」というものにすぎない。また、事柄の性質上両当事者の言い分が対立することも十分予想される場合で、原告に対する取材が困難な事情があったとも認められないのに、被告は、一方の当事者である原告に対する取材を全く行わないまま、本件記事を掲載したものである。

したがって、前記の点が真実であると信ずべき相当の理由があったとは認められない。

四被告の責任

1  被告は、以上のように原告のプライバシーを侵害し、名誉を毀損する内容の本件記事を掲載した報知新聞を発行し、これを不特定・多数の読者に頒布したものであるから、民法七〇九条に基づき、原告に対し、不法行為責任を負う。

2 前記のとおり、本件記事は、真実と認められず、かつ原告の名誉を毀損する内容を含むものであり、弁護士という原告の職業的信用をも傷つけるものであること等からすると、原告が相当大きな精神的苦痛を受けたことは推認するに難くない。謝罪広告の必要性も認められる。

そこで、被告が翌日の紙面で原告の反論を掲載したこと(〈書証番号略〉)、本件記事全体は、女優である良枝を主体として、その離婚問題を報じたものであり(写真も良枝だけである)、真実と認められず原告の名誉を毀損する点は一部に過ぎないこと、謝罪広告はプライバシーの侵害にはなじまないこと、その他諸般の事情を考慮し、被告に対し、慰謝料として一〇〇万円の支払いとともに、別紙一のとおりの内容・条件の謝罪広告の掲載を命ずるのを相当と認める。

(裁判長裁判官金築誠志 裁判官田中俊次 裁判官佐藤哲治)

別紙

一1 謝罪広告の内容

(一) 見出し

小川敏夫さんに対する謝罪広告

(二) 本文

本紙が平成二年一二月二二日(土曜日)に掲載した「市毛良枝来春離婚」との見出しの記事中、「許せない母への暴力」と中見出しを付し、小川敏夫さんが市毛良枝さん(本名小川良枝)の母親に暴力を振るい、それが小川さんご夫婦の破局を決定的にしたとの部分は、事実ではありませんでした。

ここに右記事を取消し、小川敏夫さんにご迷惑をおかけしたことをお詫びします。

2 掲載条件

(一) 掲載紙面及び場所

芸能情報を掲載する紙面の下部三段

(二) 使用活字

(1) 見出し―一号ゴチック活字

(2) 本文―五号活字

二1 謝罪広告の内容

(一) 見出し「お詫びと訂正」

(二) 中見出し「市毛良枝離婚と夫の暴力報道について本紙謝罪」

(三) 本文

「本紙が平成二年一二月二二日(土曜日)に掲載した市毛良枝来春離婚と題する記事において、市毛良枝さん(本名小川良枝)、小川敏夫さんご夫婦の離婚が決定したと誤解される記事を掲載して小川敏夫さんに御迷惑をおかけした上、許せない母への暴力と表示して小川敏夫さんが小川良枝さんの母親に暴力を振るったとする事実でない記事を掲載し、小川敏夫さんの名誉を著しく毀損しました。

右本紙記事をここに取消した上、小川敏夫さんに対する多大なる御迷惑をおかけしたことを深く謝罪します。」

2 掲載条件

(一) 掲載紙面及び場所

芸能情報を掲載する紙面の右上部側で紙面の四分の一

(二) 使用活字

(1) 見出し―縦三五ミリメートル、横四〇ミリメートル角の太字様式字体

(2) 中見出し―縦、横八ミリメートル角の太字様式字体

(3) 本文―縦2.2ミリメートル、横三ミリメートル角の活字

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